弱いひとは依存症にはならないとわたしが思っている理由

わたしはグランジ・ロックの世代なんですが(笑)AiCが大好きです。
Layne Staleyの家族がまとめた本
This agnry pen of mine
を入手しました。

ページをめくっていたとき、ある言葉のところで止まってしまいました。

Layne was sweet and kind.
Even when I was a kid, I was aware of what he was going through.
I thought back then that Layne was a little too sensitive for this world.
That is part of why people like Layne do what they do to cope.

Layneは優しくて親切だった。
子どもの頃の私でさえ、彼が抱えていることに気づいていた。
そして思っていた。
Layneはこの世界には、少し敏感すぎるんじゃないかって。

それが、Layneのような人たちが
「そういう方法」で生き延びようとする理由の一つなんだろう。

この文章を読んだとき、
私はしばらくページをめくることができませんでした。


依存症の人のことを、世間はよくこう言います。

「意志が弱い人」
「だらしない人」
「自分に甘い人」

でも、長いあいだ依存症の家族として生きてきた私には
はっきり言えます。違うの。
むしろ逆です。

依存症になりやすい人たちは、
とても優しく自分に厳しい人たちです。

そして優しい人というのは、弱弱しい人でもありません。

むしろその逆です。

優しい人というのは、強い人です。

とくに依存症者は。
自分が壊れるまでこんなに長いことひとりで抱え込めるほど強い。

だって、だらしなくて、自分に甘くて、意志も弱かったら、
最初から自分ひとりで抱え込もうとするはずがないでしょう?


優しい人は、人の痛みに気づきます。
人の苦しみを見過ごすことができません。
そして多くの場合、誰にも言わずに一人で頑張ります。

世界は、とてもハードです。

理不尽なことだらけで、
人は平気で人を傷つけるし、
優しさだけでは生きていけない。

それでも優しい人たちは、
なんとか折り合いをつけながら生きようとします。

一人で頑張り続けながら。


でも、人はどこまでも強くはいられません。

どんなに強い人でも、
ずっと一人で耐え続けていたら、
どこかで折れてしまうことがあります。

いえ。むしろ、強い人ほど、抱えすぎて、
折れるときは一気に折れるのでしょう。

もし、そんなときに
痛みを少しだけ和らげてくれるものがあったら。

お酒
薬物
ギャンブル
ゲーム
恋愛
買い物

それがほんの一瞬でも
世界の重さを忘れさせてくれるなら。

人はそこに頼ってしまうことがあります。

それは堕落ではなく、
生き延びるための方法なのです。


依存症者の回復とは、
優しさを捨てることではありません。

このハードな世界の中で、
優しい自分を守りながら、また、
ひとりではなく、「いっしょに」抱えながら
生きる方法を学習していくこと
なのだと思います。


では、依存症者の家族にとっての回復とは、
なんでしょうね。

いろいろな答えが浮かんできます。

信じ続けていくことも答えのひとつだと思います。
わたしがいう「前を見続けるちから」というのは
それを意味しています。

私が生きているかぎり、
私は彼を支える。

それが親としてできることだからです。

そしてきっと彼はいつか、
自分で自分を支えられる人になる。

そう信じながら、
今日も一日を生きています。