共依存という言葉に傷ついたあなたへ

私は「共依存」という言葉に強い違和感を持っています

依存症の家族として支援を探していると、
どこかで必ず聞く言葉があります。

「共依存」

そしてその言葉は、
ときどきこんなふうに使われます。

「それは共依存ですね」
「あなたが問題を支えているんです」

私はこの言葉に、
ずっと強い違和感を持ってきました。

なぜなら、
その言葉はときどき

家族を責めているように聞こえる
からです。


なぜなら、多くの家族は必死で助けようとしているからです

依存症の家族は、
最初から正しい対応ができるわけではありません。

お金を貸してしまうこともある。
嘘を隠してしまうこともある。
守ろうとしてしまうこともある。

でもその動機は、
多くの場合

愛情と恐怖です。

このままでは危ない。
この子は大丈夫だろうか。

そう思って、
何とか助けようとしているだけです。

それを一言で

「共依存」

とラベルを貼られてしまうと、
とても乱暴に感じることがあります。


私も「家族が問題なのか」と思ったことがありました

私も、息子の依存症の問題に向き合う中で、
何度も思いました。

「私の関わり方が悪いのだろうか」

「私が問題を長引かせているのだろうか」

家族はとても簡単に
その思い込みの中に入ってしまいます。

なぜなら、
すでに多くの罪悪感を抱えているからです。

でもその後、
依存症の支援について学んでいく中で、
私は別の考え方に出会いました。

家族は問題の原因ではなく、
回復の重要な資源にもなり得る
という考え方です。


だから私は、家族を責める言葉は使いたくありません

もちろん、家族の関わり方を
見直すことが必要な場合もあります。

でもそれは

責められるためではなく、
回復を助けるため

であるはずです。

依存症の問題は、
とても複雑で、
誰か一人のせいで起きるものではありません。

だから私は、
家族に向かって

「共依存ですね」

と言う言葉には、
どうしても慎重でありたいと思っています。

もしあなたがその言葉に傷ついたことがあるなら、
どうか知っていてほしいのです。

あなたは、
ただ必死に
大切な人を助けようとしていただけかもしれない、
ということを。

だけれど、もちろん、これまでの関係性には、問題があるかもしれない。
関係性を整えれば、動いていくものが必ずあります。
いっしょにさがしてみませんか。