ひとりで抱える、から いっしょに抱える、へ

依存症の家族の傾向性

依存症の問題が家族に起きたとき、
多くの人が最初に取る姿勢があります。

それは、

「自分でなんとかしようとする」

という姿勢です。

家族なのだから。
親なのだから。
自分がなんとかしなければ。

そう思うのは、とても自然なことです。

そして実際、依存症の家族には
「自分でなんとかする」という姿勢で生きてきた人が多いのではないでしょうか。

人に迷惑をかけない。
弱音を吐かない。
家族の問題は外に出さない。
自分たちのことは自分たちでなんとかしたい。


実は、本人にも同じ姿勢がある

依存症の問題を見ていると、
あることに気づきます。

それは、

依存症の本人にも、同じ姿勢があることです。

表面上は違って見えるかもしれません。

でも、その根底には

自分でなんとかしようとする。
人に頼らない。
問題をひとりで抱え込む。

つまり、家族も、本人も、
どこかで 「ひとりで抱える」生き方 をしている。


それは「家族の中の姿勢」かもしれない

この姿勢は、突然生まれるものではありません。

よく見ていくと、

人に迷惑をかけないこと。
文句を言わずにがんばること。
自分のことは自分でなんとかすること。

こうした生き方が、
家族の中で長く大事にされてきたことがあります。

親から子へ。
またその親から子へ。

言葉で教えられるわけではなくても、
生き方として受け継がれていく姿勢です。

そして依存症という問題の中で、
その姿勢が家族と本人の両方に現れることがあります。


依存の反対は「自立」ではない

依存の反対語は、
よく「自立」だと思われがちですね。

でも依存症の文脈では、違います。

依存の反対にあるものは

つながり

ではないでしょうか。

ひとりで抱えるのではなく、
いっしょに抱える。

問題を外に出すこと。
助けを求めること。
誰かと一緒に考えること。

それは、
「自分でなんとかする」という生き方からの
大きな転換でもあります。


連鎖を終わらせるために

依存症という問題は、
本人だけの問題として語られることが多いものです。

けれど実際には、
家族の中にある生き方や姿勢が
静かに受け継がれた結果でもあります。

もし家族の誰かが、

ひとりで抱える、から
いっしょに抱える、へ

と姿勢を変え始めたとしたら。

それは単に
問題への対処が変わるということではありません。

家族の中で長く続いてきた
「ひとりで抱える」という連鎖が、
そこで少し形を変え始めるのかもしれません。

依存症の回復とは、
本人だけの変化ではなく、

つながりの中で生まれていくもの

なのだと思います。

そして、「いっしょに抱える」にシフトできたとき
家族が回復の道についたのだと思っています。