家族を支える長距離走を走り続けるために

クライシスのとき私がやっていたこと

依存症の家族を持つ生活は、短距離走ではありません。
終わりの見えない長距離走です。

いつ終わるのか分からない。
いつ良くなるのかも分からない。

そして何より怖いのは、途中で自分が倒れてしまうことです。

私は幸い、あの数年を走りきることができました。
今振り返ると、いくつか自分を守っていた習慣があったと思います。

今日は、そのことを整理してみたいなと思います。


1 自分を甘やかす日をつくる

ときどき、完全に何もしない日をつくっていました。

予定は入れない。
掃除もしない。
家事も最低限。

「今日は何もしなくていい日」

そう決めて、自分を甘やかす日です。

依存症の家族を持つ生活は、常にどこかで緊張しています。
何も起きていない日でも、心はずっと警戒している。

だから、意識的に完全に休む日を作ることは、思っている以上に回復力がありました。


2 体を動かす

私にはもともと走る習慣がありました。

あの頃は、精神的にかなり追い込まれていましたが、
走ると少し楽になりました。

あとで知ったのですが、
強いストレスの状態では、体の中にストレスホルモンが溜まり続けます。

走ることは、それを消費してくれる。

精神論ではなくて、
身体が欲していたことだったのだと思います。


3 仕事を続ける

依存症の家族を持つと、生活のすべてがその問題に飲み込まれそうになります。

どの支援者からも、何度も、長期のお休みを進められたのだけど。
でも私は、仕事を意地でも休みませんでした。

もちろん、だれにでも可能な選択ではない。
感謝すべきことに、会社の理解をいただいていたこと。
そして、同僚たちもみなわたしの状況を理解してくれていたこと。
また、どうしようもないときは自宅作業ができる仕事であること。
ラッキーな要素ばかりでした。感謝してもしきれない。

そのとき支援者たちに「なぜアドバイス通りにしない?」
「なぜ意固地に仕事を続ける?」と聞かれても、
説明できなかったけれど……

今振り返って思えば、仕事を休まなかったのは、
自分のもうひとつの居場所を守りたかったからです。

仕事には

  • 時間のリズム
  • 社会とのつながり
  • 自分の役割

があります。

依存症の問題だけが人生になってしまうのを、
私はどこかで恐れていたのだと思います。


4 学び続ける

私はいつも、何かしら勉強していました。

今もそうですが 本はだいたい5〜6冊、並行して読んでいました。
心理学や、人間についての本です。

疲弊してて学校に行くなんて考えられなかったけど
勉強は好きなので
オンライン講習などでもNLP、カウンセリングなどの勉強をつづけました。

今思うと、それは

知的な避難場所

だったのだと思います。

問題だけを考えていると、人はどんどん狭い世界に閉じ込められていきます。

でも、本を読むと、勉強すると、
世界が少し広がる。

それが救いになっていました。


5 話す人を厳選する

依存症の話は、誰にでも話せるものではありません。

理解されないこともあります。

だから私は、話す人を決めていました。

  • 相方
  • 同い年の親友

この二人だけです。

少ないけれど、
安心して話せる人がいることは、とても大きな支えでした。


6 庭をつくる

私の大きな避難場所は、庭でした。

私は昔から、登る植物が好きです。

トケイソウ、ぶどう、スイートピー。
いんげん豆、つるむらさき、ふじまめ。
飾りかぼちゃも。
夏になると、私の庭は地面だけでなく
壁いっぱいが鮮やかで、にぎやかで
緑に囲まれた空間でした。

でも一番好きだったのは、ゴーヤのカーテンです。

南側の花壇からネットを張って、窓の上まで登らせる。
ゴーヤは3メートルくらい、軽々と伸びます。

花壇から壁まで1.5メートルくらいの空間があって、
そこに椅子やハンモック台を置いて、外で涼めるようにしていました。

目隠しにもなるし、夏は本当に気持ちいい。

ゴーヤの花は、とてもいい匂いがします。
その匂いにつられて、蜂や蝶がたくさんやってきて
にぎやかでした。

息子はときどき、そのゴーヤカーテンの下で夜を過ごしていました。

何をしていたのか、たぶん分かっています。

それでも私は、ときどき思います。

あのゴーヤたちが、守ってくれていたんじゃないかって。


そして思うこと

冬になれば
庭はすっからかんになります。
一年草たちは霜が降りたら少しずつ消えてなくなっていってしまう。
多年草やぶどうのような樹木だって、葉っぱをおとしてしまう。

何もない。

春になったら、また種を植えて、
植物はもう一度、登り始める。

毎年、最初からビルドアップ。

植物って、すごいなと思います。

今思うと、あの頃の私は、
それに少し似ていたのかもしれません。

何度も何もなくなる。

それでもまた、少しずつ登りなおす。

依存症の家族を持つ生活は、長距離走です。

だからこそ大事なのは、
なによりも

自分が倒れないこと。

まず、自分が生き延びること。

そのために私は、

  • 走り
  • 本を読み
  • 仕事を続け
  • 庭を作り
  • ゴーヤを登らせていました。

そして、なんとかあの数年を走りきりました。