虚構の世界に疲れた時聴いていた曲

依存症の家族を持つ人には、たぶん共通の経験があります。

それは、嘘に振り回されることです。

最初に書くけれど、依存症の本人も
嘘をついているつもりはありません。
本人にとってもそのときの真実だから。

これは、実は、脳に巣くっているパラサイトの依存症が
虚構の世界、依存症を守る世界観を見せて
依存症者を操っているからです。

その仕組みはとても巧妙で。
本人も回復してこないと、
この賢いモンスターに太刀打ちできません。

というか、本人自身が賢いほどに、
このモンスターも賢いんです。

家族は、最初のうちは、理解しようとします。
事情があるのかもしれない。
苦しいのかもしれない。

そう思って、何度も話を聞きます。
わたしは馬鹿正直・ナイーブな性格で、ひとの言うことは
わりと文字通りにとってしまうタイプです。
だから、なおさら。

でもね、何かがおかしい。
アリバイは完璧なんだけど。
何が変なんです。

そして、すこしずつ、周りのもの・家族も、
脳に巣くったモンスターが織りなすその虚構の世界に
いつしか取り込まれていく。


当時、私はよくこの歌を聴いていました。

The Pot
(Tool)

この曲の解釈を調べると、「宗教批判」や「偽善批判」と書かれていることが多いようです。

でも、私にはどうしても別の歌に聞こえます。

依存症の周りにいる人の、うんざりした気持ち。


歌の中にこんな一節があります。

Steal, borrow, refer, save your shady inference

「盗んだ/借りた/引用した
しょぼい理屈はもういいよ」

依存症の周りにいると、こういう瞬間があります。

アリバイは完璧。
自分でもおかしいけれど、なるほどね って
完璧さを感心しながら聞いてる自分がいる。

でも、悲惨な現実は何も変わっていない。

そしてある日、心の中で「ぶちっ」と何かが切れます。

もういい。


この曲には、こんな表現も出てきます。

Weeping shades of cozened indigo
got lemon juice up in your eye

あらゆるグラデーションのインディゴで見せるウソの涙
レモンジュースでも目に入ったんだろうか

つらくて泣くすがた。
もちろん、本当に苦しんでいる部分もあるのでしょう。

でも、長いあいだ振り回されてきた側も
疲弊してきます。
泣きたいのはこっちなんだよ……

またその顔か。自己憐憫の顔


もう一つ、この曲の一節。

eyeballs deep in muddy water

濁った水の中に沈んだ目

この言葉を聞くと、私はある表情を思い出します。

焦点の合わない目。
とろーんとした目。
まるで死んだ魚のような目。

そこにいるのに、どこにもいないような目。

同じ経験をした人なら、
きっと一度は見たことがあると思います。


この曲は怒っています。

でも、ただ怒っているわけではありません。

私にはこう聞こえます。

「もうそれは受け取らない」

依存症の家族にとって、とても大事な瞬間があります。

それは、相手を見捨てる瞬間ではありません。

境界線を引く瞬間です。


この曲は、私にとってアンカーのような存在です。

家族支援の活動をしていると、
ときどき思うことがあります。

もうやめたほうがいいんじゃないか。
こんなことをして意味があるんだろうか。

そんな夜に、この曲を聴きます。

すると、思い出すのです。

あの混乱。
あの怒り。
そして、境界線を引くことの大切さ。


もしあなたが依存症の家族を持っているなら、
この曲は俗にある解釈と少し違って聞こえるはずです。

怒り。
疲れ。
そして、うんざりした気持ち。

それは、あなたが冷たいからではありません。

それだけ長く、がんばってきたからです。